”マナーは正しければ良いわけではない”では、Takt , Taktgefühl についてお伝えしました。全てのマナーに基づいた行動は、相手への思いやりから発されるべきです。
いくらマナーの勉強をしても、うっかり間違ってしまうってことは、誰にでも起こり得ます!または、逆に、相手が正しいマナーを知らない場合もあるでしょう。もし相手が知らないせいで、または緊張のせいでマナー違反を犯してしまったら、どのように対応したら良いでしょうか?
今回は、マナーを知らずに大恥をかきそうになった若者のエピソードをお伝えしたいと思います。ウィーンではよく知られているお話です。
ある若者が、華やかな夕食会に招待されました。彼にとっては初めての経験です。
他の招待客は場慣れしているように見受けられます。エレガントな紳士淑女に混じって、緊張が高まるのが感じられます。
『どうしてこんなにいくつもグラスが並んでるんだろう・・・それに、いくつものナイフやフォーク・・・
ん??水の入ったお皿・・・?!』
この若者の当惑は、今夜の特別招待客が入ってきたとき、歓喜に変わりました。
その紳士は、大いに尊敬された詩人、Detlev von Liliencron (デトレフ・フォン・リーリエンクローン)でした。
『ああ、この方にご挨拶できたらなあ・・・お話しさせてはもらえないだろうか・・・
こんな機会はもう二度とくるまい!』
残念なことに、詩人は客たちに囲まれて、会話の花が咲いていました。
しばらくして、全員が席につく時間になりました。
まずスープが出されます。
『今こそ、その時だ!』
若者は詩人に捧ぐ乾杯をしたいと考えますが、まだワインが出されていません。
若者はさっと立ち上がり、詩人に対する尊敬の念を、ぎこちないけれど心からの言葉で表現します。
そして、水の入った皿を掲げて『乾杯!』と飲み干しました。
詩人の熱狂的なファンが、フィンガーボウルから水を飲んでしまった!
ばつの悪さに皆が硬直します。
すると、詩人が立ち上がります。
この老紳士は、少しの当惑も見せずに、自分のフィンガーボウルを高くかざし、『ありがとう』と水を飲み干します。
これで気まずい場面は乗り越えられました。
めでたし めでたし。
ここで若者が知らなかったマナーは、3つあります。
1、乾杯はワインが出されてから
2、招待者がグラスを手にとってから乾杯する
3、指先を洗うためであるフィンガーボウルの水は飲まない!
彼はこれらのマナーの基礎を知らず、礼儀作法を破ってしまいました。しかしながら、このような普通では切り抜けられないような気まずい状況を、老詩人は素晴らしいやり方で乗り切ります。思いやりと寛大さと、繊細な共感と理解から出た、Taktgefühl の優れた例です!
寛大さを持ち、人との共同生活をより快いものにしようと努めれば、常に相手の立場に立った、思いやりのある行動をとることができます。逆に、自分自身を第一に考え、自分を中心に行動する人は、いずれ自分で自分の壁に突き当たることになるでしょう。
一方で、思いやりのある態度をとることを、意思が弱い、譲歩しすぎる、と、短所として捉える人がいますが、どうでしょうか。ドイツ語で Elbogentechniker (エルボーゲン テヒニーカー)という表現があります。エルボーゲンは肘。テヒニカーはテクニシャン。つまり、肘で周りの人を突いて掻き分けるように、他人を顧みずに、自分が前に出ようとする人。このような人は、仕事の上での成功を得られるかもしれません。でも、彼らが得ることのできないものがあります。それは、人からの尊敬です。
処世術は、成功と幸せへのレシピです。他人を配慮し、同時に、あるがままの自分でいれば、洗練された、教養のある人とみなされることでしょう。
最後に、聖書からの一文を引用して、終わりたいと思います。